朝日カルチャーセンターで、ヴィルヘルム・ブッシュについての考察を発表しました。

 

マックスとモーリッツ Max und Moritz 19世紀ドイツの風刺漫画

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ドイツを代表する風刺画家で詩人のヴィルヘルム・ブッシュ Wilhelm Busch (1832-1908)が、1865年に発表した漫画絵本。

二人の腕白小僧の七つの悪戯話からなり、19世紀の村で起こる珍事を描き出します。大人達はいたずらに引っかかり、虚仮にされ、ひどい仕打ちを受けますが、最後には悪戯小僧たちはパン窯で焼かれ、水車小屋の臼で挽かれてしまいます。一見教訓話のようですが、ユーモアに包まれた辛辣な皮肉が大人に向けられていて、子供のしつけを念頭においていた当時の多くの文学作品とは、一線を画しています。文才にも長けていたブッシュは、絵に軽快な詩をつけました。動きのある生き生きとした人物描写と、韻を踏んだ調子のよい言葉の共演が、読む者に心地よい陶酔を味合わせます。

 

画家を志してミュンヒェンで暮らしていたブッシュは、生活費を稼ぐために「一枚絵Bilderbogen」や「週刊誌Fliegende Blätter」に多くの漫画絵物語を書いていました。その出版社に持ちこんだ「マックスとモーリッツ」の成功により、ようやく経済的な苦境から脱することができたのです。その後、この絵本は各国語に翻訳され、ドイツを代表する本のひとつとなりました。加えて、およそ100種類のドイツ語方言に訳されました。それほど、人々の心を掴んだということでしょう。リズミカルな文を暗誦している人も多く、この作品からドイツ語の名言がたくさん生まれています。およそ150年前の本が版を重ねて、現在でも子ども達の本棚に収まっているのは驚きです。近年バレエ作品にもなり、ウィーンのフォルクスオパーなどで人気を博しています。

 

七人兄弟の長男だったブッシュは、9才のときゲッティンゲンGöttingen近郊の村、エーバーゲッツェンEbergötzenに住む牧師の叔父にあずけられます。そこでブッシュは生涯の友となる粉やの息子、エーリッヒ・バッハマンErich Bachmannと一緒に、叔父から勉強の手ほどきを受けます。この少年時代の楽しい思い出が、後年「マックスとモーリッツ」に結実しました。活発で腕白なエーッリヒはマックス、華奢だったブッシュはモーリッツという設定です。内気な少年だったブッシュは、この話ほどやんちゃではなかったでしょうが、エーリッヒと過ごした日々をいかに心の中で暖めていたかが、よく伝わってきます。幼い日への憧憬と、鈍感で紋切り型の大人達へ一矢を報いたいという思いが、この作品を生み出したともいえるでしょう。

 

エーリッヒの家は、領主から経営を任された水車場で、立派な木組みの建物は現在ブッシュ記念館となっています。ここは、ブッシュにとって揺りかごのような空間で、大人になってからもしばしば訪れています。水車の回る音を聞きながらまどろんだベッドや、作品の構想を練った机などが、昔のまま並んでいます。水車と粉ひきの設備も当時のままで、第7話でマックスとモーリッツを穀粒に挽く粉ひき器のモデルとなった器械が稼働する様子も見学できます。粉ひき器の下部についている仮面は、水車場を悪霊から守ると思われていました。公開講座では、ハノーファー Hannoverのブッシュ美術館、物語の舞台となったエーバーゲッツェン村の水車小屋の取材を交えて、挿絵の絵解きをしながら当時の暮らしを考え、粉ひきやパン焼きにまつわる伝統的な民俗や民間信仰を紹介しました。

 

「マックスとモーリッツ」の中には、思いを代弁してくれている洒落た台詞がいっぱいです。「知らざあ、言って聞かせやしょう。」の類の名文句です。あまりお行儀のよい訳はブッシュの意図にそぐわないかもしれないので、少しやんちゃな和訳をつけてあります。

 

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「よいこらしょ!」悪ガキどもを振り落とす

粉ひき器械の じょうごの中へ

 

ガリゴリ、ガリゴリ音立てて

仕事に精出す粉ひき器

二人は細かく砕かれ 挽き割り麦に

 

 

エーリッヒの家だった水車場

現在はブッシュ記念館

 

水車場の前で出迎える マックスとモーリッツ

水車場の客間でこの絵本の構想を練った

 

ヴィルヘルム・ブッシュ自画像

 

 

ヴィルヘルム・ブッシュのブラックユーモア

Wilhelm Busch und sein schwarzer Humor

 

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Krischan mit der Piepe

Krischan mit der Piepe

Krischan mit der Piepe

Krischan mit der Piepe

Krischan mit der Piepe

Krischan mit der Piepe

Krischan mit der Piepe

ヴィルヘルム・ブッシュWilhelm Busch 1835-1908)は、鋭い観察眼でとらえた対象を、容赦ない筆致で描いた多くの絵物語を発表し、コミックの元祖といわれています。右の漫画 「クリシャン」は、1864年に出版された 『いたずら絵双紙』 Bilderpossenに掲載されたものです。「パイプに手を触れてはいけないよ」と言いおいて、父親が出かけると、すぐにパイプに手を伸ばし、一服する子供。すると煙を浴びた部屋中の物たちが踊り出し、煙のお化けや黒人までもがパイプから登場、部屋中がびっくり箱のような大騒ぎとなります。母親が現れると、転がっている子供を残して化け物たちはあわてて退散。初めてタバコを吸った子供の幻覚と苦しさがユーモラスに描かれています。自らの体験から、子供の反抗心と好奇心、想像力が引き寄せる不思議で楽しい異空間を、描きたかったのでしょう。

 

画家を志していたブッシュですが、『マックスとモーリッツ』の成功により、風刺漫画作家として活躍することになりました。彼が描きだす世界では、虚実が絡み合い、善し悪しの区別は曖昧となり、道徳や美徳の陰に漂う胡散臭さ、子供の危うさ、人間の愚かさ、そしてはかなさが、ユーモア、ときにはブラックユーモアに包まれて現われます。

 

登場人物が、羽目をはずして命を落としたり、血を流したりする場面が残酷だと批判されることもありますが、自伝で次のように述べています。「木版刷りの線画には、様式化された陽気な登場人物があっていると思った。アウトラインだけで中身のない登場人物は、軽々と重力の法則から解き放たれることができた。特にかれらが哀れでみすぼらしい場合、我々の代わりに辛い思いに耐えてくれる。読者はそれらを見ている間、この世の苦しみを忘れて心地よい感情にひたることができる。」

現実社会の残酷や悲惨を醒めた目でみつめていたブッシュ自身が、息抜きに生み出した登場人物たちに救われていたようにも思われます。

 

文筆家でもあったブッシュは、難解な謎めいた自叙伝を残しています。自分をさらけ出すことを避けながらも、懸命に伝えようとしているメッセージを読み解く作業を、同居していた甥の著作やブッシュの書簡から探る作業を続けています。日本ではブッシュ作品の翻訳はごく少なく、幅広い彼の制作活動も知られていません。少しずつですが、ブッシュの世界を紹介していきます。講座で翻訳して紹介した著作を数編、ページ上部にpdfファイルとして掲載してあります。

 

 

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